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小田急9000形引退 其の一
 俺の中では「小田急の代表車」の座に輝き続ける9000形ですが、ついに最後の時がやってきてしまった。というわけで、13日に唐木田の車庫で開かれた「9000形さよならフェスタ」に行ってきました。

 この日はイベント開始前に、秦野―唐木田間で9000形を使った「さよなら号」が運転されたわけですが、俺はこれの走行写真をどこかで撮るつもりだった。やっぱり電車は走っていてなんぼですからね。で、できれば自分の出身地・鶴川周辺か、撮影しやすいところで多摩線内で撮れれば…と思っていたのですが、微妙にごく短時間寝てしまったため(前日は帰りが遅かったので、ほとんど寝ないで家を出るはずだったのだが)始発の長野新幹線に乗れず「さよなら号」には間に合わなかった。
 まあ雨の中じゃ写真撮るには向かないし、まあいいか。と思っていたのだが、車内で2ちゃんねるの小田急通勤車両スレを見てみたら、なんと鶴川で退避があったらしいじゃねえか!…ということはつまり3番線に入ったわけで、9000形といえばすぐに思い浮かぶ懐かしの「準急綾瀬行き」は朝の鶴川では3番線に入線していたわけで、それは撮りたかったじゃん…と思ったのでした。
 
小田急9000形引退 其の一_a0016192_4203788.jpg が、まあそんなことをいっても後の祭りなので唐木田に向かう。この日は朝から千代田線の信号故障でダイヤが乱れていたものの、列車はそれほど遅れることもなく10時40分ごろ無事に到着。駅を出ると「9000形さよならフェスタ」の幟が立ち並び、さらに歩道には長蛇の列が。これが写真撮影の順番待ちの列なのだった。どのくらい待つんですか?と係員に聞くと「まあ2時間くらいだねえ」とのこと。えっにっ2時間っすか?ちなみにこの時点で10時50分。ということは撮影できるのは12時50分ごろということになる。そしてそれは本当だった。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4212883.jpg 2時間雨のなかで立ったまま待ち続ける、というのは多くの人が辛いに違いない。まあ列の大半を占めるヲタ(含俺)は唐木田車庫の出入庫でも黙って見てればいいわけだが、親子連れなんかはなかなか大変そうだ。しかし、子どもも親も特に興味なさそうなのに並んでいる人が多かったのは気のせいか?物販コーナーとかはともかく、線路内立ち入りで写真撮影なんて(しかも「電車をバックに記念撮影」とかではなく)マジな鉄ヲタ以外は特に楽しくもないだろうに。はっきりいって今回のイベント、ヲタよりも一部の親子連れのマナー(というか単に人が多く集まるところでの公衆道徳)のなさがちょっと気になった。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4221351.jpg さて、撮影です。13時45分までは千代田線6000系と並んで展示されていたので、かつて千代田線直通に使われていたころの雰囲気がよみがえる。9000形も「準急・綾瀬」の幕を表示している。まあ6000は東京メトロのマークになっているし、9000の種別幕も現在の緑色の準急表示なのだが、それもまた良しってもんです。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4224858.jpg この両者、30年以上前のデザインには見えないよな(と思う)。どちらもデザイン的にはその後の車両に大きな影響を与えたわけで、営団も小田急もそれだけ気合入れて作った車両だということだろう。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4232276.jpg 9000のトップナンバー、9001号車。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4235195.jpg 4連+6連の中間連結部。9000は正面貫通扉の手すりにいろいろバリエーションがあって、これは確か地下鉄直通時に非常通路として使用できるように改造したタイプ、だったと思う。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4242290.jpg 編成の反対側(6連小田原方)の先頭車。彫りの深い正面デザインがよくわかる。小田急の20m通勤車としては腰高な側面ともバランスがとれていて、やっぱりこれは名車だな、と思う。

小田急9000形引退 其の一_a0016192_4245414.jpg イベント会場の上から。6000系が出発した後、代わりに入ってきたのは1000形。新旧地下鉄直通車の並びになったわけですね。なかなか憎い演出。こうやって見ると、1000は9000のDNAを受け継いでるんだなと思う。9000に似たような顔の車両は全国各地に登場したが(国鉄/JR211系とか)、この手のデザインではやっぱりこの2車種が最強ではないでしょうか。

 いろいろグッズ類も買ったのだが、まあそれは次回ということで。
 しかし、やっぱり未だに9000が引退したというのは信じられないですね。俺の中ではやっぱり小田急の代表車だし、最新鋭車、とまでいかなくてもイメージとしては「新型車」だったし、意外に少ない全体の両数(96両)の割にはしょっちゅう見かけた気のする車両だったし、沿線から離れてしまった今だからかもしれないが、まだ今も普通に走っているような気がしてしかたない(実際、新百合で多摩線に乗り換えた時に5200が停まっているのを見て「9000か」と思ってしまった)。

 これで、ここ2年のうちに2600、4000、9000と3つの形式が全廃されてしまったことになる。どうやら本年度中には5200の廃車も開始されるらしい(普通に考えて、3000形の6連が投入されれば置き換えるのは5200しかない)。小田急沿線で育った俺がずっと乗り続け見続けてきた、70~80年代の小田急で主力として活躍した車両がどんどん消えていくわけで、それはまあ仕方ないが寂しいことではある。だから、自分なりに納得のいくように今を記録していかなくてはいけないな、と思うのです。
 今後9000がどうなるのかはよく知りませんが、せめて1本、それが無理なら1両でも保存してもらえないもんだろうか。
by amai_mikan | 2006-05-15 02:41 | 電車
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