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小田急9000形引退 其の二
 ちょっと間があいてしまいましたが9000形引退特集第2弾。

a0016192_5142566.jpg 最近小田急はやたら商売っ気があるので(関係ないけど、ついにSE車もNでモデル化されるのね)今回のフェスタでも関連グッズがいろいろ発売されておりました。というわけで手に入れた品々をご紹介。
 丸いのは引退時に取り付けていたヘッドマークを模したステッカー。縦長のは9000就役当時の列車ダイヤ(の入ってる袋)で、その上の冊子は登場時のパンフ。左上の箱はBトレインのキットです。
 ステッカーはたぶん今回のグッズの中でも一番売れたでしょう(安いし)。日付が入っているので引退時の記録的な意味合いも含め購入。しかしステッカーとはいってももったいないのでどこにも貼れない。というかもし貼るとしてもいったいどこに貼ったらいいやら。

 就役時のダイヤは2600形引退時にも売ってましたね。これは1972(昭和47)年3月15日改正ダイヤで、それまでの多種別のダイヤ(詳しくはここを見てね)から「急行・準急・各駅停車」3本立て体制に切り替わった頃のもの。これが2002年3月23日の「湘南急行・多摩急行」登場まで約30年間続いたわけです。ある意味では「小田急=遅い」というイメージを蔓延させた30年間の幕開けとも言える。もちろん新百合ヶ丘は存在しないし町田は「新原町田」です。そういえば9000は「新原町田」の方向幕を装備して登場したんだな…町田市出身者としては時代を感じるエピソード。後に2回の脱線事故を起こして中止となった「4000+1800」の併結運用がこの時点ではまだあるのも注目です。

a0016192_5155155.jpg パンフは今でも全然通用するなかなかセンスのいい表紙デザイン。厚木で撮ったと思しき見開きページの写真を見ると、ジャンパ線付きで連結器は電連なし、スカートの形状も最近のとはけっこう違っていて、30年間の変化が感じられる。巻末の路線図で、当時建設中の多摩線の終点が「多摩中央」となっているのも面白い。小さいですが「行先表示指令機」の写真でも「多摩中央」のコマが確認できます(「黒川」も入っている)。
 ブレーキ関連装置の破損防止に関する記述が多いのは、この前年(1971年)に起きた富士急の事故(踏切で車と接触しブレーキ配管が破損、暴走脱線)を踏まえてだろうか。

a0016192_516265.jpg Bトレインはこの手のイベントでは各鉄道ですっかりおなじみになりましたね。小学生の頃、紙で小田急車両の小型版をいろいろ作って「小田急(こだきゅう)線」とか言ってた俺としては、こんなのがちゃんとしたキットで、しかも電鉄が発売するなんて信じられないし嬉しい。というわけで2セット購入。
 簡単に組み立てられるのですが、クーラーを塗り分けたりとかいろいろ凝り始めるとなかなか完成しません。後ろに写ってるのは前に作った5000ですが、9000も含めて何本か揃ったら専用の(それっぽい風景の)レイアウトも作りたいなあと考えたりします。「こだきゅう線」復活させるか…

a0016192_517168.jpg で、これらを購入して雨の唐木田車庫を後にしたわけですが、当日は朝発生した千代田線の信号故障の遅れに加え、なんと午後には富水で人身事故まで起きる小田急的には最悪の日でダイヤは混乱、多摩線は小田原線との直通中止。というわけではるばる長野まで帰らないといけない俺はちょっと困ったのだが、発車案内の「臨時各停」表示を撮ろうと群がるヲタ共には笑わせていただきました。って俺も撮ってるんだけどwww考えることは同じですね。ちなみに英字表記はExtra Localだった。

 帰りの車内は当然ヲタばっかりだったのですが、なんか結構マナー悪い奴多いな…。2600形引退の時や、普段撮影してるときに遭遇する小田急ヲタはみんなちゃんとした人なんだけどなあ。鉄ヲタなんだから一般人の模範となるべく率先して良識ある行動を心がけましょう。あと、多摩センター―永山間の横揺れを「ボルスタレス台車のせいだ」と言ってた連中よ、その区間は昔からどの車両でも揺れるぞ(っていうかそれなら複々線区間の急行はもっと揺れるはずでは?)。ついでにいうと京王もその区間は横揺れが激しい。地盤が緩いんでしょうか。
 しかし多摩線の駅ってびっくりするくらいきれいになりましたね。なんだアレは公園か?。俺が使ってた頃は黒川なんてどこの田舎の駅だよって感じだったのにね。


 ・・・こうして一時代を築いた名車、9000形は引退してしまった。何度も言っているように未だに信じられないのだが、しかしそんなことはお構いなしに世代交代は容赦なく進んでおり、先日ついに5200形、5259×6の編成が運用離脱してしまったそうです。俺が沿線を離れて約3年ですが、その間の変動は本当に著しい。
 
 でもはっきりいって、ここ30年間の小田急では間違いなく今が一番面白いぞ!慣れ親しんだ車両がどんどん消えていくのは残念だが、やっと完成に近づいた(そして進み始めたら早い)複々線化や新種別の登場、次々に置き換わる車両…と、恐らくは高度成長期に戦前製の車両が新車に置き換えられた時以来か、それ以上の大転換点を迎えていると思う。
 そんなわけなので俺もちょくちょく東京には行っているのですが、沿線のみなさんはがんばって記録してくださいね。
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by amai_mikan | 2006-05-27 05:24 | 電車
有楽町で逢いましょう
 東京メトロが今秋、有楽町線に14年ぶりの新車投入を発表。来年度開業の13号線(渋谷-池袋)での使用をも視野に入れた(というかそのために新造するのだろうが)、民営化後初の新型車10000系とは… これだ!

 やればできるじゃないか!

 正直言って08系とか無理にイメージチェンジを図りたいっぽい紺色ベースの表示とか未だに取って付けた感が拭えないメトロのマークとか、最近の営団-メトロのデザインは微妙だなと思っていたのだが、これは素直に「トーキョーの地下鉄」としてかっこいいと言えるぞ!まあ福岡市交七隅線3000系にそっくりじゃん、という向きもあろうが俺としてはそのへんは気にせずに意欲作として絶賛したい。
 このイラストだと正面非常口が中央にあるように見えなくもないですが、まあメトロなので普通に左側にオフセットされているのでしょう。カラーリングは有楽町線の黄色と13号線ラインカラーの茶色ですが、車体の丸みを生かして肩に茶色のラインを配してあるのが従来のメトロ車両にはなかったデザインでなかなかよい。

 さて、新車登場といえば気になるのが在来車の動向なわけですが、10000系の投入は13号線開業による運用増のためと考えていいのだろうか?東武東上線、西武池袋線、さらに将来は東急東横線にも乗り入れ、しかもメトロでは初となる急行運転対応(新宿7丁目に待避線がある)の13号線の運転形態がどうなるのか、気になるところです。

*追記:プレスリリースの写真を見たら正面ドアの配置はなんと中央だった。営団-メトロの車両では実に5000系以来約40年ぶりということになる。運転席を広く取るならオフセットしたほうが有利だし、この正面形状では連結時の貫通路には使えないし(だいたい10連固定だから要らないわな)、いったい何が理由なのか、ぜひ聞いてみたいところではある。
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by amai_mikan | 2006-05-20 04:28 | 電車
小田急9000形引退 其の一
 俺の中では「小田急の代表車」の座に輝き続ける9000形ですが、ついに最後の時がやってきてしまった。というわけで、13日に唐木田の車庫で開かれた「9000形さよならフェスタ」に行ってきました。

 この日はイベント開始前に、秦野―唐木田間で9000形を使った「さよなら号」が運転されたわけですが、俺はこれの走行写真をどこかで撮るつもりだった。やっぱり電車は走っていてなんぼですからね。で、できれば自分の出身地・鶴川周辺か、撮影しやすいところで多摩線内で撮れれば…と思っていたのですが、微妙にごく短時間寝てしまったため(前日は帰りが遅かったので、ほとんど寝ないで家を出るはずだったのだが)始発の長野新幹線に乗れず「さよなら号」には間に合わなかった。
 まあ雨の中じゃ写真撮るには向かないし、まあいいか。と思っていたのだが、車内で2ちゃんねるの小田急通勤車両スレを見てみたら、なんと鶴川で退避があったらしいじゃねえか!…ということはつまり3番線に入ったわけで、9000形といえばすぐに思い浮かぶ懐かしの「準急綾瀬行き」は朝の鶴川では3番線に入線していたわけで、それは撮りたかったじゃん…と思ったのでした。
 
a0016192_4203788.jpg が、まあそんなことをいっても後の祭りなので唐木田に向かう。この日は朝から千代田線の信号故障でダイヤが乱れていたものの、列車はそれほど遅れることもなく10時40分ごろ無事に到着。駅を出ると「9000形さよならフェスタ」の幟が立ち並び、さらに歩道には長蛇の列が。これが写真撮影の順番待ちの列なのだった。どのくらい待つんですか?と係員に聞くと「まあ2時間くらいだねえ」とのこと。えっにっ2時間っすか?ちなみにこの時点で10時50分。ということは撮影できるのは12時50分ごろということになる。そしてそれは本当だった。

a0016192_4212883.jpg 2時間雨のなかで立ったまま待ち続ける、というのは多くの人が辛いに違いない。まあ列の大半を占めるヲタ(含俺)は唐木田車庫の出入庫でも黙って見てればいいわけだが、親子連れなんかはなかなか大変そうだ。しかし、子どもも親も特に興味なさそうなのに並んでいる人が多かったのは気のせいか?物販コーナーとかはともかく、線路内立ち入りで写真撮影なんて(しかも「電車をバックに記念撮影」とかではなく)マジな鉄ヲタ以外は特に楽しくもないだろうに。はっきりいって今回のイベント、ヲタよりも一部の親子連れのマナー(というか単に人が多く集まるところでの公衆道徳)のなさがちょっと気になった。

a0016192_4221351.jpg さて、撮影です。13時45分までは千代田線6000系と並んで展示されていたので、かつて千代田線直通に使われていたころの雰囲気がよみがえる。9000形も「準急・綾瀬」の幕を表示している。まあ6000は東京メトロのマークになっているし、9000の種別幕も現在の緑色の準急表示なのだが、それもまた良しってもんです。

a0016192_4224858.jpg この両者、30年以上前のデザインには見えないよな(と思う)。どちらもデザイン的にはその後の車両に大きな影響を与えたわけで、営団も小田急もそれだけ気合入れて作った車両だということだろう。

a0016192_4232276.jpg 9000のトップナンバー、9001号車。

a0016192_4235195.jpg 4連+6連の中間連結部。9000は正面貫通扉の手すりにいろいろバリエーションがあって、これは確か地下鉄直通時に非常通路として使用できるように改造したタイプ、だったと思う。

a0016192_4242290.jpg 編成の反対側(6連小田原方)の先頭車。彫りの深い正面デザインがよくわかる。小田急の20m通勤車としては腰高な側面ともバランスがとれていて、やっぱりこれは名車だな、と思う。

a0016192_4245414.jpg イベント会場の上から。6000系が出発した後、代わりに入ってきたのは1000形。新旧地下鉄直通車の並びになったわけですね。なかなか憎い演出。こうやって見ると、1000は9000のDNAを受け継いでるんだなと思う。9000に似たような顔の車両は全国各地に登場したが(国鉄/JR211系とか)、この手のデザインではやっぱりこの2車種が最強ではないでしょうか。

 いろいろグッズ類も買ったのだが、まあそれは次回ということで。
 しかし、やっぱり未だに9000が引退したというのは信じられないですね。俺の中ではやっぱり小田急の代表車だし、最新鋭車、とまでいかなくてもイメージとしては「新型車」だったし、意外に少ない全体の両数(96両)の割にはしょっちゅう見かけた気のする車両だったし、沿線から離れてしまった今だからかもしれないが、まだ今も普通に走っているような気がしてしかたない(実際、新百合で多摩線に乗り換えた時に5200が停まっているのを見て「9000か」と思ってしまった)。

 これで、ここ2年のうちに2600、4000、9000と3つの形式が全廃されてしまったことになる。どうやら本年度中には5200の廃車も開始されるらしい(普通に考えて、3000形の6連が投入されれば置き換えるのは5200しかない)。小田急沿線で育った俺がずっと乗り続け見続けてきた、70~80年代の小田急で主力として活躍した車両がどんどん消えていくわけで、それはまあ仕方ないが寂しいことではある。だから、自分なりに納得のいくように今を記録していかなくてはいけないな、と思うのです。
 今後9000がどうなるのかはよく知りませんが、せめて1本、それが無理なら1両でも保存してもらえないもんだろうか。
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by amai_mikan | 2006-05-15 02:41 | 電車
テーブル1周列車の旅
 最近はこんな感じでテーブルに小さいエンドレスを敷いて遊んでます。

a0016192_554032.jpg 実家にいた頃はコルクボードにフレキシブルレールでR180くらいのエンドレスを敷いて走らせていたので(もちろん20m車も)基本的に急カーブ志向があるのだろうな。今や市販のシステムトラックでこういう急カーブが組めるんだからすごい世の中です(個人的にはもっと早くこういうレールが発売されるべきだったと思う*1)。主に走らせているのはトミーテックの「鉄道コレクション」の車両やら箱根登山鉄道やら。しかし前にも書きましたが、上田丸子や流鉄や琴電やらの車両が300円かそこらで手に入ってしまうというのははっきりいって驚きです。俺はもともと小型車とかローカル私鉄が大好きで、鹿島鉄道とか銚子電鉄なんかにわざわざ乗りにいってしまうようなお子様だったのでこういうラインナップだとスルーするわけにはいかない。
 今のところご当地、上田丸子の車両(写真手前)と流鉄(側線に停車中)、琴電(奥)なんかをゲットしましたが、流鉄モハ105は一畑電鉄デハニ50や昔の岳南鉄道ともカン違いできるオレンジ塗装がなかなか良いです。このタイプ(旧南武鉄道モハ100)の車体を短縮するなりして庄内交通湯野浜線(山形県、1975年廃止)もどきも作れそうだな、とか戦前の南武鉄道原型スタイルを作るか(小田急に貸し出されたこともある)などと画策中。はたして実現するのか。

a0016192_554587.jpg 「鉄コレ」の動力はちゃんとスムーズに急カーブを通過できるし(モデモの江ノ電は見習ってもらいたい)文句ないのですが、個人的にはやっぱウェイトが足りないかな、という気がする。
 この手の小型車は経験上、重さがあればあるだけ(もちろん程度問題ではあるが)スムーズに走ると思うのでなんかいい方法ないかなあ、と思っていたら見つけたのがこれ。要はシール状になった鉛板なんですが、オーディオ機器の防振用に使うんだそうだ。厚さ0.3mm、長さ1mで340グラムと結構重く、これを車内の屋根裏やらモーターの上やらに貼り付けてみたところ結構良い感じです。防振、防音用だけあって走行音もだいぶ静かになる。ちょっと高いが(ハードオフで1120円)、狭いスペースにも貼って補重できるのでこれは割とお勧めできます。

 で、小さいエンドレスで箱根登山電車を走らせていると、やっぱり小田急も走らせたくなるわけです。登山線乗り入れ区間なら単線でも違和感ないし、ホーム有効長が足りなくたって「風祭」という実例がある、というわけでレイアウトを作るにはすごくいいテーマだと思う。R170程度のエンドレスにすれば普通にできるわけだが、せっかくならR100くらいの超小型でできないか、と思ってこんなものを作り始めてしまった。 
a0016192_5554395.jpg 詳細はまた次にでも。しかし登山電車がもう小田原に来ないというのは残念だな(最後に乗りに行きましたが)。



(*1):ヨーロッパ型Nの標準カーブはR190くらいで、KATOのTGVなんかも「R190のSカーブ通過可能」とパッケージに書いてある。だったら日本型でもそうしてくれればいいのに。といつも思ってます。ヨーロッパ型はHOでもR360が標準だし、大半径カーブ使っておいて「日本の住宅事情ではレイアウトは厳しい」とか言われてもね・・・。でも、前に2ちゃんでそんなようなことを書いたらすげえ叩かれた。なので、賛同してくれる方はめったにいないだろうということはわかっておりますが、まあそういう意見の持ち主もいるということで。
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by amai_mikan | 2006-05-09 02:13 | 模型